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歌舞伎座『三人吉三』で解説者デビューした立木つねこさんインタビュー

今月の歌舞伎座第一部『三人吉三』で解説者デビューしたのは、2020年春に審査が終了した《令和記念イヤホンガイドオーディション》で「令和チャレンジ賞」を受賞した立木つねこさん。

初めての解説担当について、立木さんご本人にインタビューしました。

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ーまずは、改めて、オーディションを受けることにした経緯を教えていただけますか。

ご縁ですね、としか申し上げようがないような…。
じつは私、まだイヤホンガイドが始まる前くらいから歌舞伎を観始めてしまったので、利用するきっかけがないままに長い時間が過ぎてしまっていました。また、最近では、仕事の合間にあちこちの劇場の全演目制覇を目指していたものですから、時間もお金もとにかくタイトで(笑)。一人で開幕ぎりぎりに飛び込んで、よそ見もせず何も買わず3階席に駆け上がり、終ったらさっさと帰る、の繰り返し。イヤホンガイドに気づかないままにきてしまったのです。
そんなご縁のなかったイヤホンガイドに、何でご縁ができたのか?正直よくわからないのですけれど…、だからこそ、ご縁というものなのでしょうか。

ーイヤホンガイドに気づいてすらいなかった立木さんが、イヤホンガイドを知ったキッカケとは…?

今思えば、たまたま客席でお隣になったイヤホンガイド愛好者の年配のご婦人が「いかにイヤホンガイドが素晴らしいか」というお説を休憩時間いっぱいかけて熱心に説いてくださったことがありまして、そんなことも一つのきっかけとなったのかもしれません。何回か利用させて頂きました。そして、こんな便利なものがあったのか、と驚きました。特に歌舞伎にあまりなじみのない友人を観劇に誘うときは必須アイテムだと思い、人に勧めたりもしました。

そんなある日のこと、「イヤホンガイドってどういう方がなさっているのかな?」とふと思ったんですね。そしてホームページを拝見したのです。そうしましたら、初めて見たそのとき、そこに「解説者オーディション」のことが掲載されていたのでした!

ーそのタイミングとは、確かにすごく“ご縁”ですね!

最初はもちろん、ただ「ふーん、オーディションがあるんだ」と思っただけなのですが、少しときが経ってから、「待てよ」となったんですね。
じつは私、とにかくものを調べるのが好きで。父親が出版関係だったこともあり、小さいころからずっと本に囲まれて育ちました。小学校から高校まで暇さえあれば図書館にいました。ちなみにこの頃からなぜか邦楽を耳にすると高揚してしまい、芝居好きの変な子どもでした。

それから気になると現場を訪ねるのも好きで。「現場百遍!」なんて刑事みたいですけれど(笑)、とにかく調べて出てきたゆかりの場所があると現場に行ってしまう。そんなこんなで知ったこと感じたことを文章にするのも、得意とは言えないかもしれないけれど、大好きなのです。

ー調べるのが好き、というのは解説者の必須項目ですから、小学生の頃からすでに素質があったのですね。

歌舞伎文楽大好き人間としては、やはりその周辺についてもいろいろ調べるのですけど、「歌舞伎沼」は広すぎて深すぎて手が回らない(笑)。ですからあっちこっちつまみ食いしたりしながら、呆然と沼のほとりで立ちすくんでいました。

「解説者オーディション」という言葉に惹かれたのは、目標を定めて調べる作業に没頭できる、それを人に伝えるための文章を書いたら、少なくとも審査員の方が読んでくださる! しかも、そういう作業に没頭することについて、家族をはじめ周囲にアリバイができる! という無邪気な喜びに気付いたからですね。打ち震えましたね(笑)。で、応募しました。

ーオーディション自体を楽しんでくださったのですね!そして見事に受賞されて、初めての解説担当はいかがでしたか?

オファーを頂いたときは、まずうれしくて、あれこれやる気が盛り上がってきました。でも、それから、私ごときが烏滸がましくも歌舞伎座の本公演の解説などしてもよいのだろうか、という不安が当然のように沸き起こってきます。

でも、こう思うことにしたのです。観劇なさるお客様は、私と同じように、歌舞伎を愛し、その日の舞台を楽しもうと心弾ませて劇場にいらっしゃるお仲間です。その日の演目をちょっとでも予習できればもう一つ深く楽しめるかも、とは思うけれど、そこまでの余裕はないのがふつう。手ぶらでいらしたそのお仲間たちのために、代わりに私が精一杯予習しておきましょう、そして観劇のお供になる情報をご用意しましょう。歌舞伎文楽ファンの一人にすぎない私だからこそ、お客様が観劇中にお知りになりたいことが分かるかもしれない。
そう思うことにして、自分を鼓舞し、頑張りました。

ー解説者の業務は、想像していた通りでしたか?想像と違ったところはありましたか? 

やはり何事も見るとやるとは大違い!です。なんといっても舞台は生ですから。その生の進行形の舞台の最中、お客様に対し、「最良のタイミング」で「求められる情報」をお伝えする、これはやってみると本当に至難の業ですね。先輩の解説者の方々、イヤホンガイドのスタッフ、すごい!と手放しに思いました。

この「最良のタイミング」と「求められる情報」の選択に当たっては、担当いただいた制作部のスタッフに感謝しかありません。本当に根気強く、的確なアドバイスをくださいました。

今回はコロナ禍の緊急事態宣言の影響で初日が9日遅れるという混乱があったのですが、「この機会を良いほうに使いましょう」と言ってくださって、その間に何度も我儘な修正にお付き合い頂き、初日があいた後も細かい修正をさせてくださいました。そうして少しずつ改善して、修正がはまっていくうれしさは、格別ですね。もちろんまだまだ未熟すぎてあれこれ修正したいのは山々ですけれど(笑)。

こんなふうに知恵や想いを出し合い、経験値を分け合って、最良のものを目指して仕事を続けておられるのだなあ、と業務を実際にやってみて初めてイヤホンガイドの仕事というものを実感した次第です。

ー時間をかけて、試行錯誤しながら作りあげられたわけですね。中でもとくに苦労した点は?

「三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場」をやらせていただいたのですが、この場は情景・空気や「音としての詞」を楽しむといった要素が強い演目だと思うのです。ストーリー展開や理屈が後景に下がっていますから、「解説」というのがそもそもちょっとそぐわないと言いましょうか(笑)。舞台の流れを邪魔しないように解説を入れていくのは、新人にとっては実に難しかったです。話の筋道、背景などについては、できるだけ前説でお話したつもりですが、如何でしたでしょうか。(※)

そして、今回、三人の吉三が全員平成生まれの若い役者さんの、しかも初役という珍しいシチュエーションでしたので、お客様の層をどのあたりに想定して用意したらよいのか、というのも悩むところでした。

また、コロナ禍が1年以上続き、非常事態宣言下で初日も遅れた中での上演です。お客様もみなさん当たり前の日常を多かれ少なかれ失い、それぞれに何かしら想いを抱えておられると思います。せめて劇場にいらっしゃる間何もかも忘れて楽しんでいただき、ちょっとでも明るい気持ちでお帰り頂きたい。そんな点でも、ごくごくささやかながらお手伝いできればと願いました。大川端のお嬢吉三のツラネは、それ自体が「厄払い」と言われていますので、お客様にとって、このお芝居をご覧になることが「厄払い」になれば、という想いを前説に籠めました。

(※)開演前に放送している立木さんの前説明は、こちらでも聴くことができます。↓↓↓


ー最後に、これから解説者として活動するうえでの抱負をお聞かせください。

まずは担当させていただく演目に正面から向かい、自分のできることを余さずやって、百を調べたら十を伝えるつもりでコツコツすすんでいきたいと思います。
読む、見る、歩く、感じる、そうして調べたことを文章にまとめる、そして人様と共有する、という自分の好きな技を気長に磨いていきたいですね。
コロナ禍のこんな時代に、やはり文化芸術はなくてはならない存在だと心から痛感します。歌舞伎、文楽、この混沌摩訶不思議の舞台芸術を、皆して大事に守り、育てていきたい、その傍らで、非力ながらコソッとお手伝いができたらこの上ない幸せ、と思っております。

ーありがとうございました。立木さんの芝居への愛が伝わってくるインタビューでした。これからも“好き”を活かしたご活躍、楽しみにしています!(編集A)


☆立木さんが解説を担当している5月歌舞伎座の公演情報はこちら↓↓↓


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※オーディション受賞者へのインタビュー、バックナンバー記事もどうぞ。

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