イヤホンガイドが届くまで ~新入社員がつづる解説制作レポート~
こんにちは! 9月も半分が過ぎましたね。皆さん、歌舞伎座の九月大歌舞伎はもうご覧になりましたか? 今月からイヤホンガイドが復活し、社内の雰囲気も先月に比べてにぎやかになってきたな~と感じます。
申し遅れましたが、今回の執筆は2020年4月入社の制作部・石塚が担当します。
ところで皆さん、イヤホンガイドがどうやって作られているのか気になりませんか? 私は最初、大人数による話し合いで解説が作られていると思っていました。しかし、実際に携わっているのは一演目につきイヤホンガイド解説者一人と私たち制作スタッフ一人のみ。しかも制作スタッフといっても、歌舞伎に詳しいメンバーもいればそうでないメンバーもいるのです。というのも、私自身、この会社に入社を決めるまでに観た歌舞伎は絵本が原作の(しかも授業の課題で観た)『あらしのよるに』だけ! という歌舞伎の超超超初心者なんです。そんな歌舞伎経験値の低い私も、今月の九月大歌舞伎の第一部『寿曽我対面』のイヤホンガイド制作を担当させていただきました。
その制作期間を振り返って、イヤホンガイドが作られる過程を紹介していきたいと思います!
全体の流れ
ざっくりとした動きはこんな感じです。
演目決定から原稿依頼までを除き、制作が本格的に動き出すのはなんと公演初日の1週間前なんです。とってもスピーディーですよね。公演の1週間前から初日の後3日間を、私たちは制作期間と呼んでいます。
オペレート? キューシート? なんだそれ? と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。早速、一つずつ紹介していきましょう!
1. 解説者選定~原稿依頼
演目が決定した後、一番最初に行うのが解説者の選定と原稿依頼です。基本的には1演目につき一人の解説者に解説内容の原稿執筆とナレーションを担当していただきます。
イヤホンガイドの解説者は現在30人弱。
舞踊が得意な解説者、世話物や新作歌舞伎が得意な解説者、舞台上のにぎやかな芝居に負けないパワフルな語り口調の解説者、しっとりと謡うように語る解説者。得意分野だけでなく、解説者一人ひとりの声や話し方の特徴を考慮して、解説者を決めていきます。同じ演目でも解説者が違うだけで全くの別物になるのがイヤホンガイド。機会があればどう違うのかをぜひ聴き比べてみてくださいね。
2. 演目の予習~原稿チェック
解説者のサポーターとして、制作スタッフが一人担当につきます。まず、その担当者は解説者から解説原稿をいただく前に、台本を読んだり、過去の映像がある場合は映像を観て、大まかなストーリーや登場人物を予習しておきます。そして、解説原稿が届いたらすぐにチェックに取り掛かります。
原稿チェックでは、解説の内容とタイミングが書かれた解説原稿と、事前に入手していた台本と配役を照らし合わせ、お芝居と解説がしっかりかみ合っているかを確認していきます。いわゆる「校閲」の作業です。
ここでの主な確認ポイントはこちら。
先の3点はどれもイヤホンガイドの解説には欠かせない大事な部分。冒頭で申し上げた通り、私は歌舞伎ド・初心者なんですね。なので、俳優さん全員の名前と読み方、屋号を一から調べることになりました。『寿曽我対面』は登場人物の数が多かったので一人一人のお顔と名前を一致させるのに時間がかかりました。この時の強い味方が「かぶき手帖」。役者さんの経歴や顔写真などがもれなく揃っているので、興味のある方は手に取ってみて下さい。詳しくはコチラ!
私が一番苦労したことは、専門用語の確認です。台本や原稿に登場する大量の知らない単語を片っ端から調べていきます。イオリモッコー? 隈にも種類がある?「俎帯」なんて読むの? などなど……。頭の中がハテナマークでいっぱいでした。(知らない単語ばかり登場する英文を読んでいる気分です)
こんなに無知な私が制作なんて大丈夫なの? と最初は不安だったのですが、それこそがイヤホンガイド制作に必要な「視点」なのです。歌舞伎ツウの方から全くの初心者まで、どんな人にも「新しい気づきを与える」のがイヤホンガイドのお仕事。歌舞伎ベテランの解説者と初心者の視点を持った社員が二人三脚で制作に取り組み、玄人でも楽しめる深い内容とビギナーでも楽しめる易しい内容を両立させているのです。
3. 録音~編集
チェック作業が終わったら、次に社内の録音ブースにて解説音声の収録を行います。ここで初めて解説者と対面! とても緊張しました。
録音ブースは窓がついた電話ボックスのような小部屋になっています。
ブースの中には机と椅子、マイクと原稿と筆記用具と消毒用アルコール(コロナ対策ばっちり!)のみ。……お気づきでしょうか。ここには映像を観るためのモニターがない! それもそのはず。収録時、解説者は映像を目で見ながらではなく、頭の中でイメージしたお芝居に合わせて解説を読んでいるのです。でも不思議なことに、収録中、解説者の声を聴いていると私の頭の中にも舞台の景色が自然と浮かび上がってくるようでした。これはもう解説者の長年にわたる歌舞伎愛と経験の賜物としか言い表せません。
録音の次は編集作業に入ります。音量が適切か、ノイズや言い間違いがないかを確認しながら一つ一つのコメントとして完成させていきます。完成した音声は、解説者の話術も相まって「解説」というより「耳元で歌舞伎ツウの友達がしてくれる芝居の案内」のよう。はやくお客さんにも聴いてほしい! そんな思いが強くなっていきました。
4. 稽古~オペレート~打ち合わせ~録り直し
初日の3日くらい前から、歌舞伎座では舞台上での稽古が始まります。この期間、劇場は数日後に始まる公演の準備で大忙しです。私たちも解説者と一緒に劇場に入り、劇場内の準備に取り掛かります。
稽古の始まりとともに、私たちのオペレートも開始です。オペレートとは、劇場内のオペレート室から、舞台上の芝居のタイミングに合わせて解説音声を送り出すことです。
実は、1回スイッチを押せば解説が最初から最後まで流れるのではなく、スタッフが一つずつ解説音声を俳優さんの動きに合わせて放送しているんです! そのため、私たちも全神経を舞台上のお芝居に集中させます。私にいたっては、研修期間中にDVDなどの映像に合わせてオペレート練習はしてきましたが、生の芝居に合わせるのはこの時が初めて。お客さんがいないとはいえ、舞台上の雰囲気がダイレクトに伝わってきて心臓がバクバクしていました。
稽古でのオペレートは解説の確認作業。舞台の芝居と解説の内容が合っているか、タイミングが適切かどうかを確認していきます。大切なのは「主役は舞台、イヤホンガイドはあくまでもサブツール」ということ。芝居よりも前に出た解説では舞台の邪魔になってしまう。かといって控えめにすると聴きごたえのない解説になってしまう。その絶妙なバランスを崩さず、かつクオリティーも保つことを常に心がけています。
稽古終了後は解説者と打ち合わせ。先ほどの稽古に合わせてオペレートした解説の反省を行います。今回の『寿曽我対面』では、コロナ対策のため、芝居内容にも大きな変更点がいくつかありました。変更点に合わせて解説を省略したり追加したり、舞台のセリフと解説が被ってしまったところは解説を短くしたりして調整します。変更部分の音声を録り直したら、入念にオペレートのイメージトレーニングを行い、本番に備えます。
5. 本番~オペレート微調整
稽古期間が終わり、いざ公演初日! 怒涛の準備期間も今日で終わり!
……とはならないのがイヤホンガイドの制作期間。調整はまだまだ続きます。
本番のオペレートは稽古のときと同じように進めていきます。唯一違う点は、オペレート室から見える景色の中にお客さんの姿があり、実際に解説を聞いている反応を直に感じられること。「初めての本番オペレートは緊張で手汗が大変なことになるよ!」と先輩からアドバイスされていたので、ハンドタオルをしっかり手元に装備してオペレートに挑みました。
ここで忘れてはならないのが「舞台は生もの」であるということ。舞台のお芝居が稽古と全く同じ、ということはありません。常にベストな状態で挑みたいというのは、私たちはもちろん、舞台に立つ俳優さんも同じ。最高の舞台のために、稽古期間ではなかった動きが加わったり、セリフとセリフの間が短くなったり長くなったり、日々細かい部分が変わっていきます。その変化に合わせて、公演が始まった後も解説の微調整を行っていきます。
6. キューシート作成~引き継ぎ
本番後に再び解説者と打ち合わせを行い、一通り解説が固まったら次に行うのはキューシートの作成です。
イヤホンガイドの解説制作を料理に例えると、おいしい素材が解説、その素材を調理していくのがオペレート、後で同じ調理をするためのレシピとなるのがキューシートです。制作担当者以外が同じようにオペレートをできるよう、解説を送り出すタイミングの指示を台本上に細かく書き込んでいきます。自分以外の人がわかるように言葉にして読みやすく書き残す。これが案外難しいんです。
制作や調整がひと段落したら次は引き継ぎです。今後オペレートを行う担当者にキューシートの内容を説明し、公演3日目の本番で自分以外の担当者がオペレートするのを見届けます。
ここで、ようやく制作期間が終了です。
いかがでしたか? こんなことしていたんだ! という発見はありましたか? 私自身初めて制作に携わってみて、解説に込められた解説者の熱意を、身をもって実感しました。『寿曽我対面』の解説を担当された三浦広平さんは、今回でこの演目の解説を担当するのは3度目とのこと! 前回出演されていた俳優のことも念頭に置き「ここでこの役者も見てほしい」「ここの芝居は解説を被せたくない」などのこだわりをたっぷり詰め込み、前よりもアップグレードした解説を作り上げてくださりました。そのこだわりを確実にお客さんに届けるのが私たち制作部の役割です。たった1秒の差で、解説が舞台の手助けになるか邪魔になるかが決まってしまいますが、その緊張感をもって仕事ができることに大きなやりがいを感じています。
どこに出しても恥ずかしくないと、胸を張れる解説です。
ぜひ、この私たちのこだわりを観劇のお供としてお迎え下さいませ。