
これが私の推し演目!~喜怒哀楽を明るく表現するお芝居~
今回はイヤホンガイド解説者のひろば新シリーズ、「これが私の推し演目!」をお送りします。
数ある演目の中から奥山さんが選んだ”推し演目”とは…?どうぞお楽しみください。
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文:奥山久美子
早いもので、2021年も半分が過ぎようとしています。相変わらずのコロナ禍、皆様、いかがお過ごしでしょうか。今回は、「私の推し演目」ということで、こんな世の中だからこそ、これを見れば気分が上がること間違いなし、という演目をご紹介したいと思います。
コロナ禍による生活の変化
コロナ禍による私たちの生活の大きな変化のひとつとして、リモートワークの普及が挙げられるのではないでしょうか。リモートワークが始まった頃は、通勤の苦労から解放されて、自宅に居ながらにして仕事が出来るのだから、自分の時間が増えるかな、と楽観的に考えていたのですが、甘かった!
リモートならではの画面の乱れ、音声トラブルが起こった時の対応は、対面にはない緊張感がありますし、色々なことを想定しての事前準備は、対面の時よりもはるかに手間も時間もかかります。私事ながら、夫もリモートワークになったため、二人してほぼ一日中、狭い家で仕事をするという、今まで経験したことのない息苦しさに見舞われることにもなってしまいました。

観劇のための外出にも気を遣い、なかなか思い通りにならないストレスがたまるなか、ふと、何も考えずに楽しくてリラックスできる演目が見たい、ならばあれしかない、と思いついたのが『身替座禅』でした。
仁左衛門さんと左團次さんのゴールデンコンビ!
このお芝居は、狂言をもとにしたもので、主人公のお殿様、山蔭右京が恋人の花子(はなご)に逢いに行くため、最近、夢見が悪いのでお堂に籠って座禅を行う、とウソをついて花子との逢瀬を楽しむのですが、そのことが妻の玉の井にバレて、コテンパンにこらしめられる、というストーリー。
早速、主人公の山蔭右京に片岡仁左衛門さん、右京の奥方に市川左團次さん、というゴールデンコンビの映像を引っ張り出し鑑賞。久々に無心で笑いました。
仁左衛門さんの右京は、品の良いなかにも男の色気に溢れ、表情豊か、そして左團次さんの玉の井の凄みのあること。でもウソをつかれたことが悲しくて泣いてしまうところは、可愛い!この玉の井は、立役の俳優さんが演じることが多いのですが、この「イヒイヒ」と泣く場面は、ちゃんと旦那様を思う女性の姿になっていて、見ている方も玉の井の気持ちになり切なくなってしまいます。『身替座禅』は、無条件に笑えて、尚且つ、それぞれの登場人物に共感できるお芝居なのです。
笑いを人前で演じる難しさ
身替座禅は、狂言の『花子(はなご)』をもとに歌舞伎化されました。狂言という文字は、もともと中国語で、冗談、という意味で使われていたのだとか。日本では、万葉集に狂言の文字が使われ、「タワゴト」と読まれました。室町時代になると、狂言とほぼ同時期に発生した能は、観阿弥、世阿弥親子により、現在行われている形式が確立されました。しかし、狂言は、台詞劇として形を成したのが、能よりも100年ほど後だったのだそうです。

能は、貴族社会を描き出した高尚な儀式芸能という位置づけだったのに対して、狂言は、庶民の生活がユーモアを交えて表現されており、狂言=冗談、という精神で今日まで上演され続けてきました。
笑いを人前で演じるということは、実はとても難しく、笑わせることだけに終始して、人を不愉快にさせているかもしれないし、あるいは、繰り返し演じることで飽きられてしまうかもしれない・・・。