歌舞伎の沼からこんにちは。~私はこうして歌舞伎にハマった~ #12
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歌舞伎の沼からこんにちは。~私はこうして歌舞伎にハマった~ #12

イヤホンガイド解説者たちが、歌舞伎や文楽の魅力にハマった経緯や芝居への愛を語るシリーズ「歌舞伎の沼からこんにちは」。

今回は、二代目市川團十郎の研究者でもある、英語解説者のトーヴェ・ビュールクさんが登場。トーヴェさんが虜になった、歌舞伎劇場の魅力を教えてもらいました!

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文:トーヴェ・ビュールク

はじまりは「日本語でマンガを読みたい!」

フィンランドで生まれた私は、フィンランドの大学で国際法を学んでいましたが、あまり興味が持てませんでした。そこで大学博士前期課程を修了したところで、画家を目指してドイツ・ベルリンに引っ越しました。

その後約2年間、飲食店で働きながら絵を描いていましたが、思うようにはいきませんでした。また学校に戻り、何かを勉強しようかなとぼんやり考えていたとき、乗り合わせたバスのなかで女性がマンガを読んでいました。そのマンガは日本語で書かれたもので、「私もいつか日本語でマンガを読んでみたい」と思いました。こうしたきっかけで日本語を勉強することを決心し、ベルリン・フンボルト大学に入学、2年間の日本語・日本文化の学習を経て、2004年9月、立教大学日本文学部に留学することになりました。

二代目團十郎につながった

 私は若いころから演劇が好きで、高校2年生のクリスマスパーティーでは友人たちとシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』を演じました。ケンカしながらも、なんとかみなと舞台を作り上げたことに達成感を覚えました。そのため、日本に留学してすぐに立教大学の演劇サークルに入部しました。

その後博士後期課程に進学するつもりでしたが、なかなか研究テーマが決まりませんでした。そこで立教大学の渡辺憲司先生に相談すると、私が出演した芝居をご覧いただいた先生は私の演劇好みを見抜き、研究テーマとして二代目市川團十郎を薦めてくださいました。

二代目團十郎について、そのときは詳しく知りませんでした。しかし、若くして役者だった父を亡くしたのちも演技を諦めず、ついに江戸歌舞伎を代表するまでになった人物だったとわかり、とても興味をもちました。江戸時代と現在では歌舞伎役者の身分も演技の内容・劇場環境もだいぶ異なりますが、歌舞伎役者の日記を読み解くには、少しでも役者の仕事や環境を知らなければ、と歌舞伎座に通うようになりました。

名称未設定のデザイン

現役だったうちに描かれた二代目市川團十郎の姿。
左:享保8年(1723) 右:元文3年(1738)ごろ

夢と現実が混ざりあう劇場

それから数年間歌舞伎座に通い詰め、4階の幕見席から昼の部夜の部通しで観劇しました。歌舞伎座は私にとって、じつにぬくぬくとした居心地のいい空間でした。このころは携帯電話の電波も届かず、外界から切り離れていて、歌舞伎を観ているあいだは他のことを一切やらなくてよかった。なにも考えなくていいし、誰とも話さなくていい。なかなかまとまらない論文のことやどうなるかわからない将来のことなど、さまざまな不安を忘れ、ひたすら芝居の世界に没頭していればよかったのです。

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