見出し画像

バーチャル芝居ゆかりの地めぐり ~『京鹿子娘道成寺』清姫の足跡をたどる~

イヤホンガイド解説者は、担当する演目について様々なアプローチで取材をしています。ときには、その芝居ゆかりの土地を実際に尋ねることも。そんな芝居にまつわる旅のことをお話する「バーチャルゆかりの地めぐり」。

『京鹿子娘道成寺』をはじめ、「安珍清姫伝説」をもとにした道成寺ものは歌舞伎でも人気の題材です。来月の歌舞伎座で上演される『鐘ヶ岬』もその一つです。今回は、濱口久仁子さんが清姫ゆかりの地をめぐります。


***

文:濱口久仁子


歌舞伎の女形舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺』、歌舞伎ファンならお馴染みの作品です。宝暦3年(1753)、江戸中村座で初世中村富十郎によって初演されました。その舞台となったのは和歌山県最古の寺、天音山道成寺。新西国霊場三十八ヵ所のひとつに数えられています。その地に伝わる「安珍清姫伝説」の後日談が、『京鹿子娘道成寺』の元になっています。本年3月歌舞伎座の『鐘ヶ岬』も、道成寺伝説が題材です。

恋しい安珍を求め、蛇体となって道成寺まで追いかけていった清姫。その道程を辿りつつ、ゆかりの史跡を巡ってみたいと思います。

清姫ゆかりの地「清姫の里」

清姫は平安初期(908年)に真砂(和歌山県田辺市中辺路)の庄屋、清重の一人娘として生まれました。美しい清姫は男たちのあこがれの的だったそうです。

清姫の生まれ故郷として知られる和歌山県中辺路周辺には、いくつか史跡が残されています。清姫の生家跡、清姫が黒髪をなびかせて水垢離をした「清姫渕」、そのときに衣を掛けたという「衣掛松」、安珍の帰りを待った「清姫のぞき橋」、水鏡にした「鏡岩」、さらに清姫の菩提寺一願寺(田辺市中辺路町西谷)もあり、ここにも清姫の墓があります。こちらは富田川という川沿いに集中していて、国道311号から枝別れした道に点在しています。アクセスはその名も「清姫」というバス停(竜神バス 田辺市中辺路町真砂)からが便利です。

数々の史跡が残る「清姫の里」は、世界遺産・熊野古道の中辺路周辺にあります。


安珍を追いかけた道をたどると...

ご存知の通り、奥州白川(福島県白河市)からやってきた修行僧・安珍に宿を貸したことで、彼に一目ぼれした清姫は修行の帰路に「きっと立ち寄って」と懇願します。そして、安珍がその約束を違えたことに気づいた清姫は、ここから一気に道成寺まで、安珍の後を追いかけます。

小林古径「清姫」川岸

小林古径 清姫「川岸」
清姫から逃げる安珍の姿が描かれています。

清姫の里には安珍を追う清姫にまつわる史跡も数多くあり、蛇となってその幹をねじ曲げた「捻じ木の杉」などが有名。しかしこの辺りから道成寺まではかなりの道のりです。現在の道路でいえば国道311号線から42号線に入って走りぬけたことになるでしょうか。清姫が途中で喉を潤した龍泉寺(田辺市古尾)にある「清姫の井戸」、清姫が袖を摺ったといわれる袖摺岩(日高郡みなべ町)、安珍を追いかける時にひと休みした――蛇体なのにという疑問はさておき――清姫腰掛石(御坊市名田町)、清姫が草履を脱ぎすてた草履塚(御坊市名田町)、蛇体となって身を投げた清姫を引き上げて埋葬したといわれる蛇塚(御坊市藤田町吉田)。こうしてみると、道成寺への道筋にはかなりたくさんの史跡がありますね。

道成寺マップ9

因みに清姫の故郷の清姫堂では命日といわれる4月24日に供養祭が行われています。また夏には清姫まつりなども行われ、道成寺とはまた違った視点で、清姫を偲ぶ地となっております。

この続きをみるには

この続き: 2,300文字 / 画像7枚
記事を購入する

バーチャル芝居ゆかりの地めぐり ~『京鹿子娘道成寺』清姫の足跡をたどる~

株式会社イヤホンガイド

150円

(*^▽^*)ワーイ
おもに歌舞伎や文楽など、伝統芸能をわかりやすく解説する劇場サービス「同時解説イヤホンガイド」を運営している会社です。イヤホンガイド解説者の記事やトークを配信中!https://earphoneguide.eg-gm.jp/m/m2752100a0106