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《第六回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」伝統と革新―『魚屋宗五郎』と『一心太助』

「イヤホンガイド解説者のひろば」今回は鈴木多美さんがご担当。
これまでの解説経験で「何故?」と思った疑問を、多美さん目線で深掘りする不定期連載企画「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」の第六回をお届けします。

さて、今回は歌舞伎の「伝統」と「革新」とは何かという視点から、『魚屋宗五郎』を中心に深堀りしていきます。どうぞお楽しみください。

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文:鈴木多美


コロナ禍での『魚屋宗五郎』

7月はいよいよ東京オリンピックが開催される予定ですが、去年から引き続くコロナ禍の混乱はいつ収束するのでしょうか。
思い起こせば、去年8月に歌舞伎座が再開場したのは演劇界にとって明るいニュースでした。あれからおよそ一年が経ち、今は各劇場もスタッフ・キャスト共に安全対策を心掛け、集客人数を制限して続々と上演にこぎつけました。

歌舞伎座に続いて10月には国立劇場も再開場しました。『魚屋宗五郎』は尾上菊五郎の宗五郎、中村時蔵のおはま他ほぼベストメンバーの顔合わせで嘗ての舞台を彷彿させました。観劇中に私は何度も、コロナ禍以前の当たり前の日常感に襲われました。舞台は「歌舞伎はコロナに負けません」と我々を励ましてくれたのです。今回はこの『魚屋宗五郎』について深掘りしたいと思います。


演劇改良運動と黙阿弥

私は歌舞伎は「伝統」と「革新」が共存する演劇だと思います。
特に幕末から明治に活躍した河竹黙阿弥は、明治新政府による演劇改良運動で「革新」を強いられたのではないでしょうか。

徳川幕府の頃は芝居の実名が禁止なので、その頃の芝居は時代背景は室町時代以前、場所はお江戸を憚って鎌倉雪の下か京都とするのが定番でした。
しかし、明治5年(1872)政府から芝居関係者に通達がありました。外国人も芝居を観るので歌舞伎は濡れ場や殺し場は控えて歴史的事実に基くようにとのお達しです。この通達の翌明治6年(1873)に黙阿弥作『梅雨小袖昔八丈』通称『髪結新三』が初演されました。享保12年(1727)日本橋白子屋の娘お熊と母親が金目当てで入り婿を殺害しようとした「白子屋事件」を描いています。

もし『髪結新三』が江戸時代に書かれていたら、実名を使わず白子屋は「城木屋」、お熊は「お駒」と言い換えて上演されたでしょう。黙阿弥は明治の作品『髪結新三』を「白子屋」「お熊」場所は日本橋と事実を書きました。真っ当な商人が暮らす日本橋から大川(隅田川)に掛かる永代橋を渡ると深川で、深川は他国からの流れ者がたむろする場所でした。新三はお熊を誘拐し深川に連れ去ります。「日常の場所と地続きに暗黒がある」…黙阿弥は「白子屋事件」を題材にした「白子屋」ものの伝統に、事実という「革新」を発展させたのです。

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『魚屋宗五郎』が生まれた背景

さて本題の『魚屋宗五郎』ですが本名題は『新皿屋舗月傘暈』明治16年(1883)5月東京市村座初演です。宗五郎と妹お蔦を5代目尾上菊五郎、女房おはまは3代目河原崎国太郎他で上演されました。魚屋から連想してお蔦の妾奉公先の殿様が磯部主計之助、家老が浦戸十左衛門、腰元おなぎなど登場人物の名前が海に因んでいるのが黙阿弥流の洒落っ気です。酒絶ちを誓った宗五郎が信心する神仏も海と関連がある金毘羅大権現様と徹底しています。

あらすじは、旗本の磯部主計之助が芝(東京都港区三田)神明の祭礼で宗五郎の妹お蔦を見染め側室にしますが、お蔦は一年後お家横領の首謀者・岩上典蔵の悪事を知ったため、典蔵から家宝の茶碗を割った落ち度と不義の濡れ衣を着せられます。酒好きで短慮な主計之助は怒ってお蔦を手討ちにし遺体を庭の古井戸に捨てると、お蔦が幽霊となって現れます。

私は歌舞伎は「伝統」と「革新」が共存する演劇だと述べましたが、お蔦の悲劇は皿を割って手討ちにされたお菊が幽霊となって恨みを述べる『皿屋敷もの』の伝統を継いでいます。

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番町皿屋敷 : 実説怪談


かねてから菊五郎は黙阿弥に『敵討天下茶屋聚』に登場する酒乱の安達元右衛門のような役が演りたいとリクエストしていました。安達元右衛門は父の敵を探す早瀬伊織・源次郎兄弟の忠義な家来で、酒が原因のしくじりが多く禁酒します。ところが敵の仲間に騙されて酒を飲まされ敵を取り逃がす失態を犯します。初めは禁酒を守ろうと必死に抵抗しますが、酒が廻るとベロベロとなり、遂には正体を無くす酔態が見どころです。『宗五郎内』の場のお蔦の兄宗五郎の酒乱ぶりが正にそれです。

芝神明の「だらだら祭」と呼ばれる祭礼のお囃子が聞こえ、理不尽な妹への仕打ちに耐え切れず禁酒の誓いを破って酒をあおる兄宗五郎の酔いっぷりが面白いのですが、既に元右衛門というオリジナルがあるので宗五郎の酔態は伝統の範疇に入ります。では「革新」はどこにあるのでしょうか。

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