忘れられないあの舞台!~小学生を一瞬で引きずり込んだ歌舞伎作品~
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忘れられないあの舞台!~小学生を一瞬で引きずり込んだ歌舞伎作品~

解説者が想い出の舞台について語る「忘れられないあの舞台!」。
今回のご担当は濱口久仁子さん。
以前 別の解説者も記事に書いていた”あの劇場”、そしてそこで観たとある作品が思い出の舞台だそうです。どうぞお楽しみください。

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文:濱口久仁子


歌舞伎ファンの皆さまなら、これだけは忘れられない、記憶と心に残る舞台がおありかと思います。そういう舞台との出会いは本当にめぐり逢いの奇跡、私もそんな奇跡を体験しました。


忘れられない東横劇場

私が初めて歌舞伎を見たのは小学生の時、歌舞伎好きの母はまず私に日本舞踊を習わせ、歌舞伎に連れて行くタイミングを見計らっていたようでした。
そんな時小学校の先生から、「あなた方は歌舞伎もみたことはないの?」と言われ、それを聞いた母は慌てて面識のあった先代中村雀右衛門丈に切符をお願いしました。

その舞台が東横劇場昭和四十五年(1971)一月「初春歌舞伎公演」、夜の部。番組は『箱根霊験躄仇討』、上『猿翁十種の内 独楽』下『英執着獅子』、『おさん茂兵衛』でした。

このシリーズ二回目の松下かほるさん(※)も触れていますが、私も東横劇場自体が忘れられない“舞台”となっています。

↑※松下かほるさんの「忘れられないあの舞台!」第二回記事はこちら


東横劇場の果たした使命

東横劇場(前名東横ホール)は昭和二十九年(一五九四)に建てられた東急東横百貨店の九階から十一階にあった渋谷随一の劇場でした。様々なジャンルの芸能に対応できる近代的な劇場で、同じく百貨店が所有する三越劇場と並ぶ人気を誇りました。歌舞伎公演も定着しており、“東横歌舞伎”として親しまれていました。ここで三世河原崎権十郎が十一世市川團十郎の当たり役を演じて、"渋谷の海老さま"と言われたのもよく知られています。

緞帳は二枚、作者の一人イサム・ノグチの「No endo(無窮)」は、千代紙をちぎったデザインで、古典とモダンが融合した絵面は、今でも目に浮かびます。場内も舞台も大きくはありませんが、シンプルで温かみのある空間、舞台の呼吸が直に伝わってくるような劇場でした。

↑「No endo(無窮)」の緞帳の写真はこちらで見る事ができます。

伝わるといえば、建物の中を地下鉄銀座線が貫通しており、その振動が観劇中にも響いていたのも懐かしい思い出です。歌舞伎の原体験が歌舞伎座でも新橋演舞場でもなく、今は亡きこの劇場であったことが近しいものにしてくれたような、奇妙な偶然に感謝したい気持になります。余談ですが、今プログラムを見返してみると、当時の一等席の値段が千八百円、まさに隔世の感があります。

昭和六十年に閉館しましたが、「渋谷の歌舞伎」は時を経てコクーン歌舞伎へと受け継がれているのは、東横劇場の果たした使命が息づいているようでとても嬉しく思います。


「時分の花」の残り香

初めて歌舞伎を見た私が、子供心に一番感動した舞台が『箱根霊験躄仇討 箱根山中施行の場 同白滝の場』でした。主な配役は、

飯沼勝五郎  六代目澤村田之助
滝口上野・非人月の輪の熊実は奴筆助  片岡孝夫(十五代目片岡仁左衛門)
飯沼女房初花   五代目坂東玉三郎
飯沼母早蕨  四代目坂東秀調

といった顔ぶれでした。
そしてまんまとハマったのが、坂東玉三郎丈の初花です。その美しかったことといったら!この時玉三郎は二十歳を少し過ぎた頃、「時分の花」の香がまだ残る年齢でしょうか。

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