《第十回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」『摂州合邦辻』玉手御前はお父さん子?
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《第十回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」『摂州合邦辻』玉手御前はお父さん子?

イヤホンガイド【観劇に+αの楽しみを!】

「イヤホンガイド解説者のひろば」今回は鈴木多美さんがご担当。
これまでの解説経験で「何故?」と思った疑問を、多美さん目線で深掘りする不定期連載企画「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」の第十回をお届けします。

今回は歌舞伎でも文楽でも人気の上演演目『摂州合邦辻』の玉手御前について深掘りします。どうぞお楽しみください。

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文:鈴木多美

初めに

4月に国立文楽劇場で『摂州合邦辻』が上演されます。今回は「万代池」と「合邦庵室」の段の予定です。
「合邦」は春と秋の文楽の巡業でもよく上演されるお馴染みの演目です。若い継母玉手御前が継子の俊徳丸に不倫の恋をして夢中になり、果ては父親に殺される波乱の物語です。

あらすじを少しお話しします。河内国の城主高安通俊には息子の俊徳丸と下戚腹げじゃくばら(側室の子)の兄・治郎丸の、二人の男子がおります。通俊は妻の死後、若い腰元のお辻を後妻にして、お辻は玉手御前と呼ばれます。玉手は年齢が近くて許嫁の浅香姫がいる美しい俊徳丸に恋をし、毒薬を飲ませて病気にします。継母・玉手の邪恋と病気に悩む俊徳丸は屋敷を逃げ出して天王寺に身を潜めます。浅香姫と家来の入平は俊徳丸の行方を探し、天王寺で俊徳丸と再会します。高安家の後継ぎを狙う次郎丸は俊徳丸を襲撃しますが、居合わせた玉手御前の父・合邦が俊徳丸夫婦と浅香姫を救って庵室に匿います。玉手御前も庵室まで俊徳丸を追いかけて恋を叶えようと狂乱します。娘の邪恋に怒った合邦は玉手を刺し殺すのですが……。

私は平成22年に尾上菊之助が玉手御前を演じた歌舞伎の通し狂言で「庵室」前までの解説を担当しました。この時「庵室」の玉手御前役の菊之助は、しなやかな腰の動きが危険な女の香りを漂わせていました。

平成22年 日生劇場 十二月大歌舞伎のチラシ


ところで、俊徳丸の物語には長い歴史があるのです。


インドのクナラ王子の物語

継母が継子に恋をする物語の歴史は古く、紀元前三世紀にインドを統一したアショカ王まで遡ります。王の妻テイシャラクシタは継子で美しい目のクナラ王子に恋をしますが拒絶され、妃は罠に嵌めて王子の目を抉り追放したのです。各地を放浪したクナラは父に再会して継母の横恋慕を父に打ち明けた処、奇跡が起きて両目が甦ります。悪事が露見した妃は殺されるのです。
俊徳丸の「俊徳」は「身毒」から由来し、中国の古い言葉で「インド」を指します。

日本ではクナラ王子の物語が平安時代の「今昔物語」に登場します。継母の悪巧みで盲目となったクナラのために修行者の阿羅漢は釈迦の話を人々に語り、人々が流した涙を集めます。涙でクナラの目を洗ったところ、クナラは再び見えるようになったのです。

日本の「クナラ伝説」はやがて「愛護の若」「しんとく丸」の二つの系統に分かれます。
「愛護の若」は継母の邪恋です。公家の息子・愛護の若は言い寄られた継母を拒み、継母に恨まれて家出します。愛護は非業の死を遂げますが、山王権現として祀られます。
一方、「しんとく丸」では継母は恋をしません。河内の高安長者は清水観音の霊現でしんとく丸を授かり、しんとく丸は陰山長者の娘と結婚します。継母は実子に家督を継がせたくてしんとく丸を盲目にして天王寺に捨てさせます。「弱法師よろぼし」と呼ばれるようになったしんとく丸は妻と再会します。夫婦が清水観音に参るとしんとく丸の目は開き、やがて父親と再会します。

「愛護の若」「しんとく丸」伝説はそれぞれ説教節や古浄瑠璃・人形浄瑠璃にも取り入れられ、「しんとく丸」はお能の『弱法師』として現在も上演される人気演目となっています。


人形浄瑠璃の先行作と『摂州合邦辻』

人形浄瑠璃の先行作で注目するのは享保18年(1733)『莠伶人吾妻雛形ふたばれいじんあずまのひながた』で作者は『菅原伝授手習鑑』等を書いた並木宗助(後の並木千柳)です。主人公の俊徳丸と初花姫は継母でも親族でもありません。悪人によって毒を飲まされ癩病となった俊徳丸は、俊徳丸を密かに愛する「寅の年寅の日寅の刻」生まれの初花姫の生き血を飲んで本復します。『摂州合邦辻』でも重要な役割を果たす「毒」と「寅の年寅の月寅の日寅の刻生まれの生き血の妙薬」がここで登場します。

そして安永2年(1773) 人形浄瑠璃『摂州合邦辻』が大坂北堀江の豊竹此吉座で初演されました。作者は菅専助すが せんすけ若竹笛躬わかたけ ふえみで上下二巻の内、下の巻が「合邦庵室」です。これまでの物語は俊徳丸が主人公でしたが、『摂州合邦辻』は玉手御前が主人公です。

令和3年5月 国立劇場文楽公演のチラシ


高安家の悲劇と玉手御前の決意

あらすじでも述べましたが高安通俊の家族構成は複雑です。老年の当主・通俊の子供は、18歳の嫡子・俊徳丸と、俊徳丸より年長で下戚腹なので家督が継げない次郎丸。通俊の後妻の玉手御前は腰元上がりで19歳。通俊は病気がちで、後継者問題が現実味を帯びています。「家」の中には年齢が近い継母と美しい継子が同居するので、世間は高安家の二人の関係を好奇の目で見ます。家老・誉田主税の妻・羽曳野は「成上がりの奥様」「推量の通り、継母の横恋慕」と言って玉手を軽蔑しています。

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