見出し画像

忘れられないあの舞台!~思い出の昭和58年5月 歌舞伎座 團菊祭~

今回は、解説者が想い出の舞台について語る「忘れられないあの舞台!」ご担当は横阪有香さん。初めての歌舞伎座観劇の思い出を語ってくださいました。

****

文:横阪有香

歌舞伎が好きな方には、たいていは思い出の舞台があり、またその舞台に導いてくれた方がいらっしゃるかと思います。私と歌舞伎を最初に結びつけてくれたのは、この世界が大好きなでした。

母と一緒に ナイショの観劇

私は大阪生まれなので、道頓堀の朝日座中座(両座とも今はもうありません)、新歌舞伎座や京都の南座に芝居や踊りが入ると、母は幼い私の手を引いて必ず一緒に連れて行ってくれました。ある時など、急用のため帰宅するよう小学校に連絡が入り、息せき切って帰ってみると「南座の切符が手に入ったで、今から行くで」とニンマリする母、飛び上がって喜ぶ私。当時の先生ゴメンナサイ(汗)

そんなイケナイ親子を、東京の歌舞伎座に誘ってくださったのは、母の日本舞踊のお師匠様でした。故人となられましたが、当時 60 代ぐらいの男のお師匠様で、はんなりした京言葉が楽しく、私は京都のおっしょさん、とお呼びしていました。京都のおっしょさんは、だいの歌右衛門びいき。「大成駒(六代目・中村歌右衛門)は、おいしい、おいしいのんえー、ずぇんずぇん違うのんえー」と、京言葉が熱をおび、身振り手振りでその至芸の素晴らしさを、細やかに朗らかに語ってくださいました。


おっしょさんからのお誘い


「今度の5月の團菊祭は、歌右衛門の政岡やで。おそらく一世一代やないかと思う。ぜったい見に行きよし。有香ちゃんも一緒に行こ!」

そんなお誘いを受けたのは、1983年・昭和58年の春でした。政岡(まさおか)とは、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)という芝居に登場する女主人公、足利家の若君をお守りする乳人・政岡のこと。團菊祭とは、明治劇壇を代表する九代目市川團十郎五代目尾上菊五郎の功績をたたえ、毎年5月、歌舞伎座において、両名優のお家の芸を中心とした演目を、両家にゆかりの役者衆がうち揃い、華やかに催される興行です。歌右衛門×團菊祭×名優総出演=行くしかない!このような計算式が母の中で導き出され、めでたく私はその5月、生まれて初めて東京行の新幹線に乗ることができたのでした。ああ母よ、ありがとう(泣)

次第に東京が近づいてきたとき「有香ちゃん見よし、富士山え」という声に、窓の外に目をやると、そこには本物の富士山!『なんてきれいで立派なの!本当にこんなかたちをしてるんや』思わず手を合わせたくなるような神々しさ、都会に入る前の洗礼を受けたような清々しさに包まれて、ついに東京に到着。銀座のステーキ店・スエヒロで、おっしょさんがランチを御馳走してくださった頃には、もう夢見心地の私。準備万端、いよいよ團菊祭・夜の部を観劇するために、胸をときめかせて歌舞伎座に向かったのでした。


ひろい歌舞伎座 定式幕のストライプ

はじめて足を踏み入れた東京の歌舞伎座。大阪では、2等や3等席で芝居を楽しんでいた母娘でしたが、この時は、とばかりに母は1等席を購入。劇場の紋を織り込んだその座席は、車体の低い高級車に乗り込んだような座りごこち、目の前に広がるおなじみの定式幕を見上げました。

おなじみ、といっても、いや、舞台額縁の横幅が広い。思わず、定式幕の3色のストライプが何本あるのかを数えました。全部で31本!『南座が21本だから、やっぱり大きな舞台なんだなー』と興奮しているうち、夜の部の幕が開いたのです。 

この続きをみるには

この続き: 1,692文字 / 画像2枚
記事を購入する

忘れられないあの舞台!~思い出の昭和58年5月 歌舞伎座 團菊祭~

株式会社イヤホンガイド

150円

スキ、ありがたき幸せ。
6
おもに歌舞伎や文楽など、伝統芸能をわかりやすく解説する劇場サービス「同時解説イヤホンガイド」を運営している会社です。