
バーチャル芝居ゆかりの地めぐり~『義経千本桜・吉野山』より忠信"物語"ゆかりの地・屋島を訪ねて~
芝居にまつわる土地を巡る旅のことをお話する「バーチャル芝居ゆかりの地めぐり」。今回は中川美奈子さんに、『義経千本桜・吉野山』ゆかりの地である屋島の風景と思い出を語っていただきました。どうぞお楽しみください!
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文:中川美奈子
『吉野山』の"物語"
私は、『義経千本桜』の中の舞踊、「吉野山」が大好きです。美しく繊細であり、また豪快でもあり、何度見ても魅力的な舞踊です。
『義経千本桜』は、歌舞伎好きの方ならご存知のことですが、主役は義経ではありません。
源平の戦いに巻き込まれた、名もなき市井の人々が主役になったり、また討ち死にしたはずの平家の武将が実は生きていたり…といった思いもよらない演出で、現代の私たちを今も引きつけてやまない、壮大な物語です。
その中にあって、『吉野山』は、桜満開の吉野山中を舞台に、静御前とお供の狐忠信が、来し方行く末に思いをはせながら旅してゆく、と言う美しい場面です。
ご存知の方も多いかと思いますが、男女であっても、主従での道行舞踊は珍しいものです。そして、女雛男雛のように二人が一瞬並ぶ、恋すれすれのような形など、見どころも多い作品です。

しかしながら私が今日ご紹介するのは、舞台背景の吉野山ではありません。
題名にある吉野山は、かつて訪れたことがあり、もちろんその奥深さと美しさは稀有なものですが、劇中、狐忠信が、源平合戦の模様を「仕抜き」(一人で)で踊る、いわゆる"物語"の場面で語られる屋島を知らないままだったのです。
私はふだんから、どちらかと言うと女方の方に目が行ってしまうのですが、この「吉野山」の"物語"は、立ち役の勇壮さ、美しさが堪能できる踊りだと思っています。
屋島は「島」ではなかった?!
私が屋島を訪ねたのは、これも念願かなってこんぴら歌舞伎大芝居を見に出かけた2019年春のこと。初めての四国の旅は、桜満開の贅沢な時間でした。
学生時代、貴族文化と武家文化の間に位置する『平家物語』に魅かれ、
たびたびページを繰った私は、とても興奮していました。
有難いことに、偶然取ったホテルの部屋からは、屋島が一望できました。
そして、屋島が「島」ではないと知った驚き!

江戸時代までは本当に島だったというこの屋島、京都で栄華を極めた平家の人々は、ここまで辿りつき、この大きな屋島を見上げて、どんな気持ちだったでしょう。
なぜここまで来なくてはならなかったのか、どうしてこんなことになったのかと、涙にくれながら見上げたのではなかったでしょうか。
屋島から見下ろす春の海は、穏やかに見えましたが、ところどころ渦を巻く白波が、戦の虚しさや悲しみを、静かに語りかけてくるようで、自然と私は口をつぐんでおりました。