《第七回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」美女ありき!常盤御前
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《第七回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」美女ありき!常盤御前

「イヤホンガイド解説者のひろば」今回は鈴木多美さんがご担当。
これまでの解説経験で「何故?」と思った疑問を、多美さん目線で深掘りする不定期連載企画「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」の第七回をお届けします。

今回は美女で名高い常盤御前を様々な角度から深堀りしていきます。源義経の母として、お芝居では『一條大蔵譚』でもおなじみですね!どんなお話になるのでしょうか。どうぞお楽しみください。

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文:鈴木多美

「常盤御前」とは?

片岡仁左衛門と文楽の豊竹咲太夫の間で、こんなジョークが交わされたそうです。

「源氏と平家が争ってくれたので、私たちの飯の種になった。本当に有難い。」

確かに平安時代末期に武家の源氏と平家が繰り広げた源平合戦は、文学や演劇に多大な影響を及ぼしました。『鬼一法眼三略巻きいちほうげんさんりゃくのまき』『義経千本桜』『一谷嫩軍記いちのたにふたばぐんき』など歌舞伎・文楽に欠かせない人気演目です。そんな男たちの凄絶な戦いの中でひと際華やかな存在が常盤御前です。

美し過ぎて大波乱な運命

常盤御前は『尊卑分脈そんぴぶんみゃく』『平治物語』『義経記』にその名が登場しますが由緒家柄は謎です。近衛天皇の中宮だった九条院の雑仕女ぞうしめでした。雑仕女は公家の女性の召使いの順位では女官よりも低く皇族にお目見えできない低い身分でした。

『義経記』では九条院が雑仕女ぞうしめを募集する時に都の女性千人を集めた内の百人に入り、百人の中の十人に残り、十人の中の一人となったといいます。当時の「ミス日本」でしょうか。この逸話は眉唾ものですが、常盤は飛び切りの美女なのでしょう。

やがて常盤は源氏の棟梁 源義朝の側室となり、今若(阿野全成あの ぜんじょう)・乙若(義円ぎえん)・牛若(源義経)を産みます。平治の乱で夫の義朝は平清盛を攻めますが敗死し、常盤は三人の子を連れて逃げます。平家方に捕らわれた常盤は清盛に見初められ側室となり、一説に清盛の子を産んだと言われます。やがて公家の藤原(一条)長成の妻となって一男一女が産まれます。まさに波乱の運命ですね。

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国貞改二代豊国 画 「渋谷金王丸昌俊早打之図」より
乙若丸六才 後に範頼・常盤御前 

「私って、あざといの?」女性としては同情されず母として共感される

源義朝の正室は熱田神宮大宮司の娘 由良姫で頼朝の生母です。嫡男には年功序列以上に母方の家柄の良さが基準となります。由良姫の男兄弟は北面の武士として後白河上皇に仕えたエリート侍でした。雑仕女ぞうしめだった常盤とは格式からいって雲泥の差です。

常盤はどうも女性側から同情されません。

常盤の出自が怪しいからだけではなさそうです。常盤の三男 義経にも静御前という側室がいて正室は別にいます。静の職業は歌舞を披露する白拍子という遊女でした。鎌倉時代に書かれた『吾妻鑑』の中で義経が奥州、岩手県平泉に逃亡した際、静は鎌倉幕府に捕まって頼朝の面前で舞を舞わされました。その時義経を偲んで「静や静、静の小田巻繰り返し、昔を今になすよしもがな」と歌って頼朝を激怒させました。しかし頼朝の妻 北条政子は静に同情して助命を願ったとあります。静はこの時義経の子供を妊娠していましたが、生まれた赤子は男子だったので由比ガ浜に沈められ、静は追放されました。

これに対して常盤御前には、残された文献から同性から同情された記録は皆無です。

常盤がなぜ同情されないのか。

①  出身不明のとびきりの美女
②  敵対する源平の両大将に寵愛された
③  最後の夫は公家
④  超有名人(源義経)の

家柄以外は最高級を手にして、彼女の境遇は「転落」していないのです。あざとい女性と思われて嫉妬されても同情などされません。

芝居での描かれ方は

人形浄瑠璃『鬼一法眼三略巻』は歌舞伎『一條大蔵譚いちじょうおおくらものがたり』の外題で上演されますが、奥殿の場で義朝の家来 吉岡鬼次郎よしおかきじろうが常盤に詰め寄り、「源氏の恨みを晴らそうと思う心はつきませぬか」「大事の義朝様のお情けをうち忘れ二度三度の嫁入り」と痛いところを衝いてきます。

それに対し常盤は、「うとましや清盛がわらわに無体の恋慕。我は子ゆえにやみやみと拾いし我が子の命ぞや」……義朝の三人の子供の助命のため清盛の側室になったと嘆きます。

子供のために再稼したのは大いにあり得る理由です。

平清盛は常盤の三人の子を殺さず、義母の池禅尼いけのぜんにの頼みで若き頼朝を伊豆へ流罪にして、源氏の嫡流の子孫を根絶やしにしませんでした。都に住む清盛には関東は遠国と思ったのでしょう。しかし後年、平家一門は頼朝・義経らによって滅亡させられました。将軍となった頼朝は、今度は弟たちの子孫を容赦なく粛清して直流の子孫だけを残します。嘗ての平家の甘い処分を教訓にしたのです。

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広重画 「義経一代図会」「発端 三子を伴て常盤御ぜん漂ろうす」

押し付けられた貞操観念

常盤御前の三度の結婚歴って異常なのでしょうか。

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