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《第二回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」~歌舞伎『ひらかな盛衰記』 源太の侍烏帽子の謎

「イヤホンガイド解説者のひろば」今回は鈴木多美さんがご担当。
これまでの解説経験で「何故?」と思った疑問を、多美さん目線で深掘りする不定期連載企画「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」の第二回をお届けします。2020年10月国立劇場で上演され、多美さん自身が解説を担当した『ひらかな盛衰記 源太勘当』について深堀りします!!

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文:鈴木多美

「ひらかな」は「ひらがな」、「梶原源太」は「かじわらげんだ」と読む

久々に開場した国立劇場で『ひらかな盛衰記 源太勘当』が上演されました。『ひらかな盛衰記』は寿永3 (1184) 年1月20日の宇治川の戦いから2月7日の一谷の合戦までを描きます。

なかでも『源太勘当』で描かれるのは、宇治川の先陣争いで佐々木高綱に負けた梶原源太、源太の恋人 腰元千鳥、その千鳥に横恋慕する源太の弟 平次、という三角関係と、源太が先陣争いに負けたことを怒った父 梶原景時が妻の延寿に「源太を殺せ」と命じ、我が子が可愛い延壽は源太を勘当して千鳥と共に追放するという、家族の物語です。

神津武男氏に拠ると国内図書館での丸本(人形浄瑠璃戯曲を1曲丸ごと収めた版本)所蔵数のランキングで第1位『仮名手本忠臣蔵』、第2位『菅原伝授手習鑑』、第3位が『ひらかな盛衰記』でした。『ひらかな盛衰記』の人気の高さが窺えますね。

『ひらかな盛衰記』は「ひらかな」と表記して「ひらがな」と読みます。国立劇場のチラシでは題名の横に「ひらがなせいすいき」とルビがあります。ちなみに侍の名前の「~太」は「だ」と濁り、町人は「た」と清音で読むのが決まりです。今回の主人公、梶原源太は「げんだ」、『義経千本桜』のいがみの権太は町人なので「ごんた」と読みます。

画像1

編集注)『ひらかな盛衰記』や役名の読み方は上演によって違う場合があります。


源太の紅白梅付き侍烏帽子は何時から始まったか?

さて、梶原源太は生田の森の合戦で箙(えびら=矢を収納する道具)に満開の梅花の枝を挿して奮闘したので、平家の人々はその風流心に感心し「梶原源太は鎌倉一の風流男」と称賛しました。宇治川の合戦から帰還した源太の扮装は、歌舞伎では鴇(とき)色の小袖に紫地の梶原家の「三つ大」の大紋入り長素袍で、右袖を背中に巻き付けた「竜神巻き」の姿です。あたまには「風流男」を象徴する紅白梅の飾り付きの侍烏帽子が昔からお決まりと思っていました。

↑ 舞台写真がWEBで公開されています。
『源太勘当』梶原源太の色鮮やかで華やかな侍烏帽子にご注目。

ところが国立劇場のプログラムで紹介されていた、江戸時代 文化9 (1812)年 三代目尾上菊五郎の源太の烏帽子は飾りのない普通の侍烏帽子です。

烏帽子①

イラスト:宮澤瑠愛

アレっ⁉と思って調べてみると幕末の文久2(1862)年 初代河原崎権十郎(九代目市川團十郎)の源太も飾りなしです。

どうやら江戸時代の源太は飾りなしの侍烏帽子なのかな?と思っていると、プログラムの「資料展示室」ページで紹介されている、元治元 (1864) 年 大坂竹田芝居の四代目市川米蔵(プログラムの二代目は誤り)の梶原源太は紅梅に飾り紐付きの侍烏帽子です。どうやら江戸時代の源太の扮装には2種類あるのです。

ウーン…これは深掘りしなければ!!

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