
《歌舞伎×○○》二代目鴈治郎と二代目扇雀(坂田藤十郎) 父子共演の名作映画『女殺し油地獄』
解説者たちに様々なジャンルと歌舞伎を絡めたお話を語ってもらう《歌舞伎×〇〇》シリーズ! 今回のテーマは《歌舞伎×映画》です。
近松門左衛門作の人気作品『女殺油地獄』。元は人形浄瑠璃の作品ですが、歌舞伎としても度々上演され、シネマ歌舞伎では今年5月にも上映されました。
今回は歌舞伎ではなく、映画『女殺し油地獄』について、横阪有香さんに語っていただきます。どうぞお楽しみください。
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文:横阪有香
人気女形の映画界への挑戦
近松門左衛門、晩年の異色作をもとにした1957年製作の映画『女殺し油地獄』をご紹介します。昭和32年ですから今から65年も前の作品になりますね。
主人公の河内屋与兵衛を演じるのは若き日の坂田藤十郎、当時の二代目中村扇雀。1953年に21歳で『曽根崎心中』のヒロイン・お初を好演して以来、その魅力、美しさにぞっこんまいったファンが急増、いわゆる扇雀ブームが巻き起こりました。その数年後、おもに東宝の映画界に活動の場をうつしていた頃の作品で、まさに美貌のアイドル時代。ここでは当時の役者名・扇雀さんで通します。
女形として人気の頂点にあった扇雀ですが、映画に女形で出演するわけにはいきません。そこで、美男の剣士やお小姓など、美しく爽やかな、ある意味無難な役をつとめていました。 ところがこの映画ではどうでしょう。オープニングからして衝撃的です。
原作をリアルに表現
大坂の天満・天神町を、後手に縛りあげられて裸馬に乗せられた23、4歳の男が、千日前 の刑場に引き立てられて行く。頭の月代の毛もボサボサに伸びて乱れ、汗と埃にまみれたふ てぶてしい面構え。道の両側にあふれた群衆から容赦ない罵声が浴びせられる。すなわち、この晒し者になっている罪人こそが、扇雀演じる河内屋与兵衛。観客は、あっと驚き固唾をのんで映画に見入ったことでしょう。製作の堀江史朗氏と戸板康二氏による冒険的な試みでした。脚本は、黒沢明をはじめ、名だたる監督と多くの名作を生み出してきた橋本忍氏。当時の映画雑誌に氏の言葉が載っています。
「忠実すぎるほど原作に従った」
「主演俳優が初めから終わりまで出ずっぱりの脚本、これは監督と主演俳優に対し、まるで 短刀をつきつけたようなものである。よほどのリキがないとこなせないものなのだ」
「原作に忠実に」といえば、タイトルバックに続く野崎参りのシーンでハッとしました。
大坂の中心地から、観音堂のある生駒山系のふもと野崎村までの川筋を、田舎出のお大尽が、 小菊という北の新地の遊女を侍らせて、贅沢に屋形船で乗り込んでくる。お供の幇間や店の者たちが、流行歌を唄って賑やかしている。
〽 船は新造の乗り心、サヨイヨエ 君と我と 我と君とは 図に乗った乗って来た シットントン シットントン シトトン シトトン
〽 船はしんぞの・・・
あれっ、この歌、近松の原作の、まさに冒頭の詞章じゃないか! 文字だけではどのような情景での歌なのか、いまひとつつかめなかった私ですが、この映画を見て、船遊びを兼ねたお参りのようすがいっぺんにわかりました。(歌舞伎や文楽では、お大尽と小菊が屋形船でやってくるくだりは、
ここまではっきり描きません)
いわゆるここは物語の始まり徳庵堤の場面。新緑の川べりのようすも映像を通して生き生きと伝わってきます。わたしの生まれ故郷がこのあたりなので、川向こうに山が見えてくる景色などがとてもリアルで、ああ昔の野崎参りはこんな風だったに違いない、と、橋本氏の脚本、堀川監督のロケーション選びに感激するのでした。
名優たちの見事な人物描写
映画は、ことの経緯を振り返るようにすすみます。野崎参りに悪仲間と来ている与兵衛は、遊女の小菊を田舎大尽に取られてムシャクシャしていますが、このときの扇雀のチンピラ不良ぶり! 「田舎もんめ、おりて来やがったら、あんじょういてしもたろう」と待ち受けていて、何を仕出かすか目が離せません。
この映画製作の翌年結婚した奥さま・扇千景さんの言葉を借りれば 「成駒家代々の10時10分の目」つまり、10時10分を指す時計の針のように、まなじりのキュッとあがった目元が、ここではやけにギラついて印象的。与兵衛のきかん気、屈折したキャラクターを絶妙に際立たせています。
道端の茶屋で、参詣にやってきた筋向いの同業の女房・豊島屋のお吉と出会います。