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「高木秀樹だより」季節の挨拶から芝居噺まで(7月9日号)~八王子をどり / 八王子より愛をこめて~

今回は、高木秀樹さんの芝居噺を不定期でお届けする「高木秀樹だより」をお届けします。
第4回は、歌舞伎でも文楽でもなく、秀樹さんの地元 八王子の芸者衆たちの「八王子をどり」についてのお話。あれ?予告では「大阪文楽ツアー」再現と伺っていたのですが…!?イヤホンガイドの生放送ご苦労話も飛び出します。どうぞお楽しみください。

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文:高木秀樹

皆様ご機嫌よろしうございます。昨年6月から始まった小欄で、今回が4回目になります。「高木秀樹だより」って、気恥ずかしいタイトルですよね・・・。しかしまあ、せっかく担当の方が付けてくれたものですし、今回も皆々様に喜んで頂ける「たより」をお届け出来るよう努めます。

前回は4月で、その月に行われた大阪は国立文楽劇場の公演から『摂州合邦辻~せっしゅう・がっぽうがつじ』についてご案内しました。お芝居の舞台となった「合邦ヶ辻」は文楽劇場からも左程遠くないところ。この付近にはあと、四天王寺や新清水寺といった作品にゆかりのある場所も多くあります。


今から14年前の平成19年(2007)には「大阪文楽ツアー」と銘打ちまして、わたくし高木が案内人・ツアーガイドとなり、イヤホンガイドで募集をしたお客様40人近くと、この近辺“上町台地”界隈を散策しました。

写真①~2007.4.8 「大阪文楽ツアー」

わたくしめも、まだ若いカンジです。
(by 高木秀樹)

今回はそのお話をする予定でしたが本当に申し訳ありません、別のこちらの話題になります。

「八王子をどり」を生解説

今年の5月末、東京都八王子市で「八王子をどり」という催しがありました。八王子の芸者さんたちが出演した舞踊公演で、わたくしめもイヤホンガイドの解説で参加いたしまして、これが何と生放送だったんです。

まだ終わって間もないフレッシュな話題ということで、今回はそのあたりのお話をさせて頂きます。

写真②~八王子をどりチラシ

八王子市「いちょうホール」で催された第三回の八王子をどり

写真③~2021.5.22 いちょうホール④

ホール内に設置した放送室から生で解説。


八王子の花柳界

芸者さん達と遊ぶ街、いわゆる花柳界というものが、日本にはいくつかあります。有名どころを挙げますと、東京では新橋・赤坂・神楽坂・浅草・向島。京都では祇園甲部・祇園東・宮川町・先斗町(ぽんとちょう)・上七軒。あと新潟の古町(ふるまち)といったところも昔から盛んでした。そして今回取り上げる八王子花柳界は、明治の終わり頃から100年以上にわたって続いております。

写真④~黒塀通り①

写真⑤~黒塀通り②

八王子の花柳界は、JR八王子駅から歩いて10分ほどの距離にある「中町~なかちょう」というところ。黒板塀を巡らせた「黒塀通り」は なかなかいい雰囲気。

経済との深いかかわり

をどりの話題で、なぜ経済なのか・・・。ちょっと、いぶかしく思われるでしょうか。今回の舞台のお話をする前に、まず八王子花柳界のこと、そして八王子そのものについて、少しご案内しておきたいと思います。イヤホンガイドをお借り頂きますと開演前に「前説」という放送をやっておりますよね。お芝居に関わる歴史的な背景といったご案内です。わたくしは5月の「八王子をどり」の前説で八王子の花柳界と地元経済界の結びつき、とりわけ繊維産業との関係をご案内しました。

江戸時代から紬織物の生産をしていた八王子。それが明治に入りますと大規模な機械織りの織機が導入され、生産が飛躍的に伸びました。八王子市内では昭和の頃まで「ガチャンガチャン」という、この機織り機械の音がよく聞こえていたのです。

そして八王子市内での絹織物の生産のほか、桐生といった別の地域での製品も八王子に集まり、それが横浜港に送られ海外への大切な輸出品になりました。その横浜までの街道は「シルクロード」とも呼ばれ、ちょうど現在の国道16号線やJR横浜線のルートになります。

「ガチャ万」景気

八王子で生産したのは生糸と、そこから作られる着物で、明治の頃までは和装だったものが大正以降は洋装の生産が主になります。そしてとりわけ盛んだったのがネクタイ作りで、これは現在まで続いております。有名ブランドのネクタイも国産品の場合、実は八王子産だったということが多いんです。

そうした具合ですから、生産者の機屋さんは面白いほどお金が儲かり「機織り機を一回ガチャンとやれば、万札が懐に入ってくる・・・」という具合で、これを「ガチャ万」景気と呼びました。

この辺りの歴史は、今年6月、JR八王子駅に隣接の商業ビル内にオープンした市営の「八王子博物館~はちはく」で紹介されています。

ここまで社会科のお勉強のような話ばかりで、なかなか芸者さんの話が出て来ませんね。しかしながら八王子花柳界「中町~なかちょう」を語るには、どうしても機屋さんのお話をしなければなりません。お客さんがいなければ花柳界は成り立ちませんで、中町の主な客は機屋の旦那衆だったんです。これは自分が遊ぶだけではありません。商品の買い付けに八王子までやって来た問屋さんなどを接待する場、そして商談まで行うビジネスの場として中町を利用しました。

何と芸者さんの数が二百人以上!

公演当日、イヤホンの放送でもご案内した、ある中町に関するデータがあります。戦前から戦後まで、多い時には、お座敷遊びをする待合・料亭が四十軒以上。芸者さんが所属する置屋は五十軒近くありまして、芸者さんは何と二百人以上が所属していたといいます。そうした中町の隆盛を支えたのが機屋の旦那衆です。ではそれ以外の一般客はいなかったのか。戦前に通ったという機屋でない商店主の話が残っており、それによると「中町は機屋の遊び場で、自分たちは全くの少数派・・・」とのことでした。

花柳界はよく「一見(いちげん)さんお断り」であると言われます。誰かの紹介でもない限り一般客は寄せ付けない、つまり究極のメンバーシップです。排他的と言えばそうですが、いったんメンバーの中に入ってしまえば、これほど気持ち良く遊べる場所はないんですよねえ・・・。

写真⑩~黒塀通り④

写真⑪~黒塀通り⑤

現在、中町にある「まちなか休憩所~八王子宿」。市が運営する施設で元は待合だった場所。芸者衆の踊りといったイベントもあり。

繰り返しになりますが、中町は機屋の旦那衆で支えられてきました。しかし経済状況が代わり、八王子市内から機織りの音が聞こえなくなってくると、八王子花柳界も斜陽化します。平成の初めには芸者さんの数が何と十人にまで減ってしまったのです。

復活の鍵を握る、めぐみさんの登場

八王子花柳界の斜陽化・・・。そうした流れは織物業の落ち込みと共に、昭和の終わり頃から始まっておりました。そこへ、中町復活の鍵を握る人物が現れます。八王子市の出身で昭和六十年代から芸者さんをしていた「めぐみさん」です。めぐみさんはその美貌を見込まれ、芸者さんにスカウトされて中町にやってまいりました。ところが斜陽期という中町ですから、お客さんは減り、お相手をする芸者さんも減ってゆきます。そして、めぐみさんが入ったあと後輩がまるで入って来ないという時期が続きました。

写真⑫~2021.5.22 いちょうホール③

5月の「八王子をどり」でロビーに飾られていた、めぐみさんの写真。

写真⑬~2021.5.22 いちょうホール②

コロナでお客様のお出迎え・お見送りが出来ないため、芸者衆の等身大のパネルが飾られた。


そこで、めぐみさんは立ち上がります。仲間を増やそうと、まず「芸者さん募集」のポスターを張り出します。正に前代未聞の出来事です。そして平成という時代を反映しまして、やがて募集の方法はインターネットに代わります。

芸者さんになる・・・というと、ちょっとお芝居のような“負のイメージ”が昔はありました。ところが現代では女性の普通の職業の一つ。お着物や芸事が好きな女性にとっては打って付けの仕事・・・と見られるようになり、若い女性が中町、めぐみさんの元に集まるようになったのです。

伝統文化としての中町

そうした中町復活に尽力したのは、めぐみさんばかりではありません。とにかく「お客さんあっての花柳界」ですから八王子の経済界、商工会議所といったメンバーが後援に乗り出します。それまではもっぱら中町のお座敷で遊んでいたものを、会社のイベントや懇親会の会場に芸者さんを招く・・・。さらに八王子市役所も一役買い、市が芸者さんを呼んでの催しを開くなど、中町を明治から続く「八王子が誇る伝統文化」として応援してゆくことにしたのです。

写真⑭~黒塀通り⑦a

文化庁が認定する「日本遺産」に八王子の高尾山が選ばれております。さらに「八王子芸妓」が構成文化財とのことです。文化財ですよ!

写真⑮~黒塀通り⑥

これは市が主催する、「芸者さんのガイドで中町を歩く」イベント。来年3月まで「桑都花街物語」と題して、各種イベントあり。詳細は市のホームページをご覧ください。
お知らせ|八王子市公式ホームページ (city.hachioji.tokyo.jp)

めぐみ“チルドレン”の出演

5月に行われた「八王子をどり」のチラシ、その裏面には出演した皆様の顔写真が載っておりました。これで中町芸者衆、全員ではありません。めぐみさんの先輩というベテランのお姐さんたちも現役で中町に在籍しておりますが、会に出演したのは写真にある十三人。あと写真にはありませんが、芸者さんになったばかりという新人のお二人が、最後の「総踊り」に参加しておりました。

出演したメンバーは、めぐみさんの元で育った芸者さんと、そうした芸者さんからまた育った、めぐみさんの「孫」とも言える方たちでした。

写真⑯~八王子をどり~チラシ①b

右上「書き出し」の位置に一人かつらでない「めぐみさん」。
左下の紗愛(さな)さんは「半玉~はんぎょく」さんで、これは上方でいうところの舞妓さんに当たる、まだ未成年の芸妓です。


中町の若い芸者さん達が育ち、だんだんと日本各地のイベントにも呼ばれるようになります。そのように八王子芸妓衆が認知されるようになると、めぐみさんは次の目標として「八王子をどり」の開催を目指しました。花柳界ではよく、お座敷でない歌舞練場や演舞場といった会場で芸妓衆の芸を披露する踊りの会を催します。祇園甲部の「都をどり」や新橋の「東をどり」などが有名ですね。

そして中町でも「一般の皆様に自分たちの芸を広く知ってもらいたい」という想いから、第一回「八王子をどり」が今から七年前、平成二十六年・2014年に開催されました。有名どころの踊りは毎年の開催ですが、まだ始めたばかりなので無理をせず、三年おきの開催とし、第二回が平成二十九年・2017年に行われ、第三回が去年開かれる予定でした。ところがコロナの影響で一年延期となり、今年改めて第三回の公演が開催される運びとなったのです。

親しみやすい八王子芸妓衆の芸

各地の踊りの会には、それぞれの特徴・カラーがあります。

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