
《第十一回》「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」 『生写朝顔話』/『彦山権現誓助剣』~ボーイ・ミーツ・ガール 歌舞伎・文楽「恋」の方程式~
「イヤホンガイド解説者のひろば」今回は鈴木多美さんがご担当。
これまでの解説経験で「何故?」と思った疑問を、多美さん目線で深掘りする不定期連載企画「勝手に深掘り!歌舞伎・文楽」の第十一回をお届けします。
気になる副題「ボーイ・ミーツ・ガール」…どんな深堀りになりますでしょうか!どうぞお楽しみください。
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文:鈴木多美
アメリカの小話にこんなものがあります。
ある脚本家が夢の中で素晴らしい題材を思いつき、寝ぼけながらメモを取った。翌朝起きて読んでみると、”Boy meets girl” とあった。
画期的な思い付きだと思ったのに、なーんだ、よくある恋物語か、というオチです。アニメでも、女子高生が「遅刻遅刻!」と食パン咥えて駆け出して、曲がり角でぶつかった男子高生と出会い、恋が始まるストーリーは王道ですね。
時代物と世話物における恋の方程式
歌舞伎・文楽にも、恋の話は沢山あります。
近松門左衛門が活躍した元禄時代、十八世紀始め頃の人形浄瑠璃(文楽)では、史実や伝承を脚色したものやお家騒動などの時代物は全五段、新聞の三面記事のような事件を扱う世話物は 上(中)下 が基本でした。
で、恋模様の扱いはというと、〈時代物の恋模様は主筋にならず、世話物は恋模様が主筋〉でした。近松作の時代物で、正徳五年(1715)に初演された『国姓爺合戦』に恋模様は全くなし。恋の話は、心中など世話物が一手に引き受けました。
『朝顔話』は恋物語にあらず
幕末の嘉永三年(1850)成立の『増補生写朝顔話』は全五段で、文楽ではその内「宇治川蛍狩り」「明石浦船別れ」「宿屋」「大井川」の段と、深雪と阿曽次郎の恋模様を描く場面がよく上演されます。

秋月藩家老の娘 深雪は「蛍狩」で宮城阿曽次郎と出会ってお互いに一目ぼれ。阿曽次郎は「露の干ぬ間の朝顔を」の恋歌を深雪の扇に書きます。その後、深雪は阿曽次郎を追って家出。なかなか巡り合えない深雪は泣き暮らして盲目となり、瞽女にまで零落します。阿曽次郎は旅の途中の島田宿で「露の干ぬ間の朝顔を」を歌う深雪に気が付きますが、名乗らずに去ってしまいます。