
これが私の推し演目!~カネと心中と男と女~
今回はイヤホンガイド解説者のひろば「これが私の推し演目!」をお送りします。
今回の担当は佳山泉さん。数ある演目の中から選んだ ”推し演目” とは…!?どうぞお楽しみください。
***
文:佳山泉
推し演目についての記事を!というミッションを受けて、あれやこれやと演目に想いを巡らす。あれもいいな。いや、これもいいな。
う~ん 泉、困っちゃう♥
情が深く、ドロドロと……
意外と、男と女の愛憎渦巻くドロドロ系のお芝居、好きです。
だったら四世鶴屋南北?いや、上方出身の私としては、やはり ” 情 ” を重視したい。頭に浮かぶのは、『冥途の飛脚』や『曽根崎心中』『心中天網島』の近松門左衛門が描く心中物。歌舞伎で言えば、はんなりとした和事の芸が堪能でき、江戸の高級遊女の花魁とは違う、大坂の下級遊女と商人の男との恋愛。そして、商人の町ならではの、取り巻く人々の想いが交錯する作品がイチオシです。
最近は和事の演目が上演されること、少ないですね。私の目に浮かぶのは坂田藤十郎の忠兵衛や、片岡秀太郎の梅川。庶民が主人公の世話物、その時代にきっといたであろう人物をリアルに見せてくれました。美男美女を描くというより、情を交わし合った男と女から匂い立つ色気。これが、堪らんのです。

心中に向かわせる ”キーアイテム”
心中に至る経緯は様々ですが、心中物の作品は実際に起こった事件を題材にしていることが多いです。さすが大坂の客に向けて描かれた作品ですので、死に至る経緯には、必ず “お金” が関わっています。お金にシビアな上方の人々を心中へと納得させるには、やはり「お金に係る問題から、心中へと至る」というのが一番です。
大坂の商家では女房の権力が絶大でした。“ お家さん ” と呼ばれる商家の女房は、蔵の鍵を腰につけて、家財一切の管理を行っていました。そこまで商家の女房が力を持っていたのは、“ 家附娘 ” であったから。当時の大坂では、丁稚や手代の中から真面目な人間を婿養子にする慣習があり、そうした方が、家の商売が大きくなるとされていたのです。そして、妻に持参金をつけて結婚となります。
この持参金は “ 敷銀 ” と呼ばれます。これは離婚されないことを担保とした持参金で、もし離婚となった場合、夫は持参金を全て妻に返さなくては離婚出来ません。ちなみに婿養子ではなくても、上方では嫁入り道具に実家の紋をつけます。そういえば、母の喪服には実家の紋がついていました。離縁となったら、女紋がある道具をちゃんと持って帰られるようにするためです。
そんな上方の商家で丁稚や手代として奉公する者の出世は、「家附娘と結婚すること」。これにより、主の地位を得るわけです。